QRコードはなぜ無料なのか?デンソーウェーブの天才的戦略
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この記事で分かること(3行まとめ)
- QRコードは特許を無償開放したから世界中で使われるようになった
- デンソーウェーブは「規格は無料、周辺製品で稼ぐ」戦略で成功した
- 同じ戦略で成功した企業は他にもある(Adobe PDF、ARMなど)
導入:無料なのに、どうやって儲けているのか?
「QRコードって、誰でも無料で使えるのに、作った会社は儲かってるの?」
スマホをかざすだけで読み取れる、あの白黒の四角いコード。決済、チケット、広告、名刺……。今や世界中で毎日何億回と使われています。
でも、ちょっと考えてみてください。
QRコードを作った会社は、なぜ使用料を取らないのでしょうか?普通、こんなに便利な技術を開発したら、特許料で稼ごうとしますよね。
この疑問を深掘りしていくと、「フリーミアム戦略」という天才的なビジネスモデルが見えてきます。
結論:無料で配って、周辺で稼ぐ
先に結論をお伝えします。
デンソーウェーブ(QRコードの開発元)の戦略は、こうです。
| 無料で提供したもの | 有料で販売したもの |
|---|---|
| QRコード規格(仕様書) | 産業用QRコードリーダー |
| 基本的な読み取りアルゴリズム | ソフトウェアライブラリ |
| 誰でも使える環境 | コンサルティング・導入支援 |
つまり、「規格を無料で配って市場を広げ、その市場で使われる周辺製品で稼ぐ」 という戦略です。
これは「オープン&クローズ戦略」や「フリーミアム戦略」と呼ばれ、IT業界では教科書的な成功例として知られています。
なぜ無料化を決断したのか?
トヨタの部品管理から始まった
QRコードの歴史は、1992年にさかのぼります。
当時、デンソー(現・デンソーウェーブの親会社)は、トヨタ自動車の部品工場で困っていました。部品を管理するためにバーコードを使っていたのですが、1つの部品に対してバーコードを10個も並べて読み取らせていたのです。
「疲れる」「時間がかかる」
現場からの不満を受けて、原昌宏氏が開発を願い出ました。会社が示した条件は「人員は2人、期間は2年、費用は最小限」という厳しいもの。原氏は渡部元秋氏とともに、わずか2人で新しいコードの開発に着手しました(B-angle)。
1994年:QRコード誕生
1994年、QRコードが完成しました。「QR」は「Quick Response(高速応答)」の略。特許庁の資料によれば、従来のバーコードの約200倍の情報を格納でき、汚れや破損にも強い。画期的な技術でした。
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)によれば、同年3月14日に特許を出願(特許第2938338号)し、1999年6月11日に登録されています。
決断:特許権を行使しない
ここでデンソーは、重大な決断を下します。
「JIS/ISOの規格に準拠したQRコードに対しては、特許権を行使しない」
これは、特許を取得しながら、その権利を自ら放棄するという異例の選択でした。
なぜリスクを取ったのか?
当時のデンソーが直面していた現実があります。
- 特許の有効期間は20年:特許料で稼げるのは限られた期間だけ
- 普及しなければ意味がない:素晴らしい技術も使われなければ価値がない
- 競合他社の存在:他の二次元コードとの競争があった
デンソーは「短期的な特許料」よりも「長期的な市場支配」を選んだのです。
フリーミアム戦略の仕組み
オープン(無料)にした領域
QRコードの「規格」そのものは、誰でも無料で使えます。
具体的には、以下のものが無償で開放されました。
- QRコードの仕様書:どうやってデータを格納するか
- 基本的なアルゴリズム:読み取りの原理
- 国際規格(ISO/IEC 18004):2000年にISO規格化
これにより、世界中の企業が自由にQRコードを生成・読み取りするソフトウェアを開発できるようになりました。
クローズ(有料)にした領域
一方で、デンソーウェーブは「周辺技術」をしっかり守りました。
1. 産業用QRコードリーダー
工場や物流センター向けの高速・高精度なスキャナーです。一般消費者向けとは異なり、過酷な環境でも確実に読み取れる耐久性と速度が求められます。
2. ソフトウェアライブラリ・SDK
企業がQRコードシステムを導入する際に使う、高度なプログラム部品です。サポート付きで提供されます。
3. 特殊なQRコード製品
- SQRC:データの一部を暗号化できるセキュリティ強化版
- フレームQR:中央に絵や文字を入れられるデザイン版
- rMQRコード:細長い場所に印字できる長方形版
これらの「プレミアム製品」は、デンソーウェーブにしか作れない独自技術です。
なぜこの戦略が成功したのか?
ポイントは「市場を大きくしてから稼ぐ」という順序です。
① 規格を無料で開放
↓
② 世界中で採用が進む
↓
③ QRコード市場が爆発的に拡大
↓
④ 「高品質なリーダーが欲しい」という需要が生まれる
↓
⑤ デンソーウェーブの有料製品が売れる
もし最初から特許料を取っていたら、QRコードは「日本の一部の工場で使われる技術」で終わっていたかもしれません。
結果:世界標準の地位を獲得
普及の歴史
QRコードの普及は、以下のように進みました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1994年 | QRコード開発、特許出願 |
| 1997年 | 自動車業界の標準規格(AIM International)に採用 |
| 2000年 | ISO規格化(ISO/IEC 18004) |
| 2002年 | J-フォン(現ソフトバンク)がカメラ付き携帯でQR読み取り機能を搭載 |
| 2014年 | 欧州発明家賞を受賞 |
| 2020年代 | コロナ禍で非接触決済・認証として急速に普及 |
現在の状況
経済産業省 特許庁のサイトでも紹介されているように、QRコードは「特許をフリーにしたことで世界中に普及した」代表的な成功例となっています。
デンソーウェーブは現在も以下の事業で収益を上げています。
- 産業用QRコードリーダーの世界トップシェア
- 東京都交通局との共同開発(ホームドア開閉システム)
- 特殊QRコード(SQRC、フレームQR)のライセンス
他の成功事例:同じ戦略で勝った企業たち
QRコードと同じ「オープン&クローズ戦略」で成功した企業は他にもあります。
Adobe PDF
| 無料 | 有料 |
|---|---|
| Adobe Acrobat Reader(PDF閲覧) | Adobe Acrobat Pro(PDF編集・作成) |
| PDF規格の仕様書 | 高度な編集機能、電子署名、OCR |
PDFという規格を無料で閲覧できるようにしたことで、世界中で「文書はPDFで送る」という文化が定着しました。その上で、PDFを「作る」「編集する」機能は有料で提供しています。
ARM(半導体設計)
| オープン寄り | クローズ |
|---|---|
| 命令セットアーキテクチャ(仕様) | CPUコアの設計データ(IP) |
| 広範なエコシステムへの参加 | ライセンス料・ロイヤリティ |
ARMは「半導体の設計図」をライセンス提供するビジネスモデルで成功しました。ARM社の公式発表によれば、スマートフォン向けプロセッサの大半がARM設計を採用しています。「チップが1つ売れるたびにお金が入る」仕組みです。
共通する成功パターン
これらの企業に共通するのは、以下の戦略です。
- コア技術をオープンにして市場を拡大する
- 周辺技術・プレミアム製品をクローズにして収益化する
- デファクトスタンダード(事実上の標準)を獲得する
【深掘り】QRコード編み物から見えた、オープン戦略の恩恵
【時間がない方へ】 基本編はここまで。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。以下の深掘り編は、時間のある時にじっくりお読みください。
ここからは、私自身の体験を通じて感じた「オープン戦略の恩恵」についてお話しします。
QRコードを編み物で作ってみた
私は以前、QRコードを編み物で表現するプロジェクトに取り組みました。
白と黒の毛糸を使って、実際に読み取れるQRコードを編む。技術的な原理を理解し、どのセルサイズなら読み取れるか試行錯誤を重ねました。
試行錯誤で分かったこと
- セルサイズの限界:何mm以下だと読み取れなくなるのか
- 誤り訂正レベルの選び方:編み目の歪みをどこまで許容できるか
- 色のコントラスト:白黒以外の組み合わせでも読み取れるのか
これらの知見は、技術同人誌『QRコードを編む』にまとめています。QRコードの仕組みを「作る」視点から理解したい方におすすめです。
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なぜ個人でも挑戦できたのか
この体験を通じて強く感じたのは、「規格がオープンだからこそ、個人でも挑戦できる」 ということでした。
- QRコードの仕様書は公開されている
- 生成ツールは無料で使える
- 読み取り機能はスマホに標準搭載
もしQRコードが特許で守られていて、使用料が必要だったら、私のような個人が「編み物でQRコードを作ってみよう」なんて発想は生まれなかったでしょう。
オープン戦略が生んだ創造性
デンソーウェーブの原昌宏氏も、インタビューでこう語っています。
「QRコードの応用シーンがここまで広がるとは全然考えていなかった」
飛行機のチケット、キャッシュレス決済、美術館のガイド、そして……編み物。
規格をオープンにしたことで、世界中の人々が「こんな使い方もできるんじゃないか」と創造性を発揮できる環境が生まれたのです。
【深掘り】切り出しシンボル「1:1:3:1:1」の発見秘話
QRコードの最大の技術的特徴は、3つの角にある「切り出しシンボル」(ファインダパターン)です。この特徴的な四角形のおかげで、どの角度からでも瞬時にコードを認識できます。
「印刷物に存在しない比率」を探せ
開発チームは、切り出しシンボルの形状を決めるために、ある大胆な調査を行いました。
チラシ、雑誌、段ボール、新聞……あらゆる印刷物を白黒に変換し、その中に現れる図形の比率を徹底的に調べ上げたのです。
目的は「印刷物の中で最も使われていない比率」を見つけること。もし切り出しシンボルと似た形が身の回りにあふれていたら、読み取り機が誤認識してしまうからです。
A4で5,000ページ、半年の調査の末に
デンソーウェーブの公式サイトによれば、開発チームは書籍や雑誌、新聞などA4で約5,000ページを調査。日本語だけでなく、アルファベット、ハングル文字、アラビア文字、中国の漢字も対象にしました。この調査には半年かかったそうです。
そして、とうとう「印刷物の中で一番使われていない比率」を発見します。
それが 1:1:3:1:1 でした。
この比率は、どの方向から走査線が通っても同じパターンとして認識されます。これにより、360度どの角度からでも高速にコードの位置を特定できる仕組みが生まれました。
「まずは試してみる」
原昌宏氏は、開発の心構えについてインタビューでこう語っています。
「まずは試してみる。失敗しても試すことで、新たな気付きがありアイデアが深まっていきます」
5,000ページの印刷物を半年かけて調べるという地道な作業は、机上の理論だけでは生まれなかった発見をもたらしました。
【深掘り】商標戦略という「もう一つの武器」
QRコードの話をする上で、忘れてはならないポイントがもう一つあります。
「QRコード」は登録商標
実は、「QRコード」という名称自体は、デンソーウェーブの登録商標です(日本第4075066号)。
特許は20年で切れますが、商標は更新すれば半永久的に使えます。
絶妙なタイミングでの依頼
デンソーウェーブは、QRコードが十分に普及した後で、企業に対して以下の依頼をしました。
「QRコードを使う際は、『QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です』と表示してください」
これは非常に巧妙な戦略です。
- 普及前に依頼していたら→企業が敬遠して「二次元コード」という一般名称が広まっていた可能性
- 普及後に依頼→「QRコード」という名称がすでに定着しており、表示を拒否する理由がない
結果として、QRコードを使うたびにデンソーウェーブの名前が世界中で認知される仕組みが出来上がりました。
まとめ
デンソーウェーブがQRコードで成功した秘訣を整理します。
成功の3つのポイント
-
短期的な利益(特許料)を捨てた
- 20年しか続かない特許料収入より、長期的な市場支配を選択
-
長期的な市場(世界標準)を獲得した
- 無償開放により、あらゆる業界・用途での採用が進んだ
-
周辺技術で確実に稼ぐ仕組みを作った
- 産業用リーダー、ソフトウェア、特殊QRコードで収益化
教科書的な「オープン&クローズ戦略」の成功例
QRコードの事例は、特許庁や経済産業省の資料でも「オープン&クローズ戦略の成功例」として紹介されています。
「無料で配って、周辺で稼ぐ」
一見すると損をしているように見える戦略が、実は最も賢い選択だった。QRコードの歴史は、そのことを証明しています。
参考情報
関連書籍
QRコードの仕組みや歴史をさらに深く知りたい方には、以下の書籍がおすすめです。
📚 『QRコードの奇跡: モノづくり集団の発想転換が革新を生んだ』 小川進 著(東洋経済新報社、2020年)
QRコード開発の舞台裏と、デンソーの組織文化について詳しく書かれています。1970年代の「かんばん」電子化から、標準化、中国でのQR決済普及まで、50年の記録が丹念に綴られた良書です。
📚 『QRコードのおはなし』 標準化研究学会 編(日本規格協会、2002年)
QRコードの技術的な仕組みや活用事例を、一般読者にもわかりやすく解説した入門書。用語集も収録されています。
この記事を書いた人の技術書
📚 『QRコードを編む』 megusunu 著
本記事で紹介した「オープン戦略の恩恵」を、実際に体験してみた記録です。
本書の内容:
- QRコードの仕組みを「編み物」で理解する
- 実際に読み取れるQRコードを編むための技術解説
- セルサイズ・誤り訂正レベルの実験結果
規格がオープンだからこそ実現できた、ちょっと変わったアプローチの本です。
参考URL
公的機関
デンソーウェーブ公式
- 株式会社デンソーウェーブ「QRコード、特許出願から30年」
- 株式会社デンソーウェーブ「特許について」
- 株式会社デンソーウェーブ「QRコードの道のり」
- 株式会社デンソーウェーブ「QRコード開発」
- 株式会社デンソーウェーブ「QRコードとは」
- 株式会社デンソー「QRコード開発者インタビュー」
原昌宏氏インタビュー
- 日本商工会議所「あの人を訪ねたい:原昌宏」
- マイネ王「QRコードの仕組み。スゴさを作った人に聞いてみた」
- Science Portal China「QRコードの生みの親」の原昌宏氏、「決済での使用は想定外だった」
知財・ビジネス分析
その他
- B-angle「日本発の技術・QRコードはどのようにして生まれたのか?」
- J-STAGE「半導体IPライセンスで普及したARMアーキテクチャ」
- NATURE & SCIENCE「世界標準のQRコード 企業探訪 デンソーウェーブ」
※「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標です