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QRコードはなぜ無料なのか?デンソーウェーブの天才的戦略

QRコードはなぜ無料なのか?デンソーウェーブの天才的戦略

【読了時間:約15分 / 要約のみなら3分】

この記事で分かること(3行まとめ)

  • QRコードは特許を無償開放したから世界中で使われるようになった
  • デンソーウェーブは「規格は無料、周辺製品で稼ぐ」戦略で成功した
  • 同じ戦略で成功した企業は他にもある(Adobe PDF、ARMなど)

導入:無料なのに、どうやって儲けているのか?

「QRコードって、誰でも無料で使えるのに、作った会社は儲かってるの?」

スマホをかざすだけで読み取れる、あの白黒の四角いコード。決済、チケット、広告、名刺……。今や世界中で毎日何億回と使われています。

でも、ちょっと考えてみてください。

QRコードを作った会社は、なぜ使用料を取らないのでしょうか?普通、こんなに便利な技術を開発したら、特許料で稼ごうとしますよね。

この疑問を深掘りしていくと、「フリーミアム戦略」という天才的なビジネスモデルが見えてきます。


結論:無料で配って、周辺で稼ぐ

先に結論をお伝えします。

デンソーウェーブ(QRコードの開発元)の戦略は、こうです。

無料で提供したもの有料で販売したもの
QRコード規格(仕様書)産業用QRコードリーダー
基本的な読み取りアルゴリズムソフトウェアライブラリ
誰でも使える環境コンサルティング・導入支援

つまり、「規格を無料で配って市場を広げ、その市場で使われる周辺製品で稼ぐ」 という戦略です。

これは「オープン&クローズ戦略」や「フリーミアム戦略」と呼ばれ、IT業界では教科書的な成功例として知られています。


なぜ無料化を決断したのか?

トヨタの部品管理から始まった

QRコードの歴史は、1992年にさかのぼります。

当時、デンソー(現・デンソーウェーブの親会社)は、トヨタ自動車の部品工場で困っていました。部品を管理するためにバーコードを使っていたのですが、1つの部品に対してバーコードを10個も並べて読み取らせていたのです。

「疲れる」「時間がかかる」

現場からの不満を受けて、原昌宏氏が開発を願い出ました。会社が示した条件は「人員は2人、期間は2年、費用は最小限」という厳しいもの。原氏は渡部元秋氏とともに、わずか2人で新しいコードの開発に着手しました(B-angle)。

1994年:QRコード誕生

1994年、QRコードが完成しました。「QR」は「Quick Response(高速応答)」の略。特許庁の資料によれば、従来のバーコードの約200倍の情報を格納でき、汚れや破損にも強い。画期的な技術でした。

特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)によれば、同年3月14日に特許を出願(特許第2938338号)し、1999年6月11日に登録されています。

決断:特許権を行使しない

ここでデンソーは、重大な決断を下します。

「JIS/ISOの規格に準拠したQRコードに対しては、特許権を行使しない」

これは、特許を取得しながら、その権利を自ら放棄するという異例の選択でした。

なぜリスクを取ったのか?

当時のデンソーが直面していた現実があります。

  1. 特許の有効期間は20年:特許料で稼げるのは限られた期間だけ
  2. 普及しなければ意味がない:素晴らしい技術も使われなければ価値がない
  3. 競合他社の存在:他の二次元コードとの競争があった

デンソーは「短期的な特許料」よりも「長期的な市場支配」を選んだのです。


フリーミアム戦略の仕組み

オープン(無料)にした領域

QRコードの「規格」そのものは、誰でも無料で使えます。

具体的には、以下のものが無償で開放されました。

  • QRコードの仕様書:どうやってデータを格納するか
  • 基本的なアルゴリズム:読み取りの原理
  • 国際規格(ISO/IEC 18004):2000年にISO規格化

これにより、世界中の企業が自由にQRコードを生成・読み取りするソフトウェアを開発できるようになりました。

クローズ(有料)にした領域

一方で、デンソーウェーブは「周辺技術」をしっかり守りました。

1. 産業用QRコードリーダー

工場や物流センター向けの高速・高精度なスキャナーです。一般消費者向けとは異なり、過酷な環境でも確実に読み取れる耐久性と速度が求められます。

2. ソフトウェアライブラリ・SDK

企業がQRコードシステムを導入する際に使う、高度なプログラム部品です。サポート付きで提供されます。

3. 特殊なQRコード製品

  • SQRC:データの一部を暗号化できるセキュリティ強化版
  • フレームQR:中央に絵や文字を入れられるデザイン版
  • rMQRコード:細長い場所に印字できる長方形版

これらの「プレミアム製品」は、デンソーウェーブにしか作れない独自技術です。

なぜこの戦略が成功したのか?

ポイントは「市場を大きくしてから稼ぐ」という順序です。

① 規格を無料で開放

② 世界中で採用が進む

③ QRコード市場が爆発的に拡大

④ 「高品質なリーダーが欲しい」という需要が生まれる

⑤ デンソーウェーブの有料製品が売れる

もし最初から特許料を取っていたら、QRコードは「日本の一部の工場で使われる技術」で終わっていたかもしれません。


結果:世界標準の地位を獲得

普及の歴史

QRコードの普及は、以下のように進みました。

出来事
1994年QRコード開発、特許出願
1997年自動車業界の標準規格(AIM International)に採用
2000年ISO規格化(ISO/IEC 18004)
2002年J-フォン(現ソフトバンク)がカメラ付き携帯でQR読み取り機能を搭載
2014年欧州発明家賞を受賞
2020年代コロナ禍で非接触決済・認証として急速に普及

現在の状況

経済産業省 特許庁のサイトでも紹介されているように、QRコードは「特許をフリーにしたことで世界中に普及した」代表的な成功例となっています。

デンソーウェーブは現在も以下の事業で収益を上げています。

  • 産業用QRコードリーダーの世界トップシェア
  • 東京都交通局との共同開発(ホームドア開閉システム)
  • 特殊QRコード(SQRC、フレームQR)のライセンス

他の成功事例:同じ戦略で勝った企業たち

QRコードと同じ「オープン&クローズ戦略」で成功した企業は他にもあります。

Adobe PDF

無料有料
Adobe Acrobat Reader(PDF閲覧)Adobe Acrobat Pro(PDF編集・作成)
PDF規格の仕様書高度な編集機能、電子署名、OCR

PDFという規格を無料で閲覧できるようにしたことで、世界中で「文書はPDFで送る」という文化が定着しました。その上で、PDFを「作る」「編集する」機能は有料で提供しています。

ARM(半導体設計)

オープン寄りクローズ
命令セットアーキテクチャ(仕様)CPUコアの設計データ(IP)
広範なエコシステムへの参加ライセンス料・ロイヤリティ

ARMは「半導体の設計図」をライセンス提供するビジネスモデルで成功しました。ARM社の公式発表によれば、スマートフォン向けプロセッサの大半がARM設計を採用しています。「チップが1つ売れるたびにお金が入る」仕組みです。

共通する成功パターン

これらの企業に共通するのは、以下の戦略です。

  1. コア技術をオープンにして市場を拡大する
  2. 周辺技術・プレミアム製品をクローズにして収益化する
  3. デファクトスタンダード(事実上の標準)を獲得する

【深掘り】QRコード編み物から見えた、オープン戦略の恩恵

【時間がない方へ】 基本編はここまで。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。以下の深掘り編は、時間のある時にじっくりお読みください。

ここからは、私自身の体験を通じて感じた「オープン戦略の恩恵」についてお話しします。

QRコードを編み物で作ってみた

私は以前、QRコードを編み物で表現するプロジェクトに取り組みました。

白と黒の毛糸を使って、実際に読み取れるQRコードを編む。技術的な原理を理解し、どのセルサイズなら読み取れるか試行錯誤を重ねました。

試行錯誤で分かったこと

  • セルサイズの限界:何mm以下だと読み取れなくなるのか
  • 誤り訂正レベルの選び方:編み目の歪みをどこまで許容できるか
  • 色のコントラスト:白黒以外の組み合わせでも読み取れるのか

これらの知見は、技術同人誌『QRコードを編む』にまとめています。QRコードの仕組みを「作る」視点から理解したい方におすすめです。

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なぜ個人でも挑戦できたのか

この体験を通じて強く感じたのは、「規格がオープンだからこそ、個人でも挑戦できる」 ということでした。

  • QRコードの仕様書は公開されている
  • 生成ツールは無料で使える
  • 読み取り機能はスマホに標準搭載

もしQRコードが特許で守られていて、使用料が必要だったら、私のような個人が「編み物でQRコードを作ってみよう」なんて発想は生まれなかったでしょう。

オープン戦略が生んだ創造性

デンソーウェーブの原昌宏氏も、インタビューでこう語っています。

QRコードの応用シーンがここまで広がるとは全然考えていなかった

飛行機のチケット、キャッシュレス決済、美術館のガイド、そして……編み物。

規格をオープンにしたことで、世界中の人々が「こんな使い方もできるんじゃないか」と創造性を発揮できる環境が生まれたのです。


【深掘り】切り出しシンボル「1:1:3:1:1」の発見秘話

QRコードの最大の技術的特徴は、3つの角にある「切り出しシンボル」(ファインダパターン)です。この特徴的な四角形のおかげで、どの角度からでも瞬時にコードを認識できます。

「印刷物に存在しない比率」を探せ

開発チームは、切り出しシンボルの形状を決めるために、ある大胆な調査を行いました。

チラシ、雑誌、段ボール、新聞……あらゆる印刷物を白黒に変換し、その中に現れる図形の比率を徹底的に調べ上げたのです。

目的は「印刷物の中で最も使われていない比率」を見つけること。もし切り出しシンボルと似た形が身の回りにあふれていたら、読み取り機が誤認識してしまうからです。

A4で5,000ページ、半年の調査の末に

デンソーウェーブの公式サイトによれば、開発チームは書籍や雑誌、新聞などA4で約5,000ページを調査。日本語だけでなく、アルファベット、ハングル文字、アラビア文字、中国の漢字も対象にしました。この調査には半年かかったそうです。

そして、とうとう「印刷物の中で一番使われていない比率」を発見します。

それが 1:1:3:1:1 でした。

この比率は、どの方向から走査線が通っても同じパターンとして認識されます。これにより、360度どの角度からでも高速にコードの位置を特定できる仕組みが生まれました。

「まずは試してみる」

原昌宏氏は、開発の心構えについてインタビューでこう語っています。

まずは試してみる。失敗しても試すことで、新たな気付きがありアイデアが深まっていきます

5,000ページの印刷物を半年かけて調べるという地道な作業は、机上の理論だけでは生まれなかった発見をもたらしました。


【深掘り】商標戦略という「もう一つの武器」

QRコードの話をする上で、忘れてはならないポイントがもう一つあります。

「QRコード」は登録商標

実は、「QRコード」という名称自体は、デンソーウェーブの登録商標です(日本第4075066号)。

特許は20年で切れますが、商標は更新すれば半永久的に使えます。

絶妙なタイミングでの依頼

デンソーウェーブは、QRコードが十分に普及した後で、企業に対して以下の依頼をしました。

「QRコードを使う際は、『QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です』と表示してください」

これは非常に巧妙な戦略です。

  • 普及前に依頼していたら→企業が敬遠して「二次元コード」という一般名称が広まっていた可能性
  • 普及後に依頼→「QRコード」という名称がすでに定着しており、表示を拒否する理由がない

結果として、QRコードを使うたびにデンソーウェーブの名前が世界中で認知される仕組みが出来上がりました。


まとめ

デンソーウェーブがQRコードで成功した秘訣を整理します。

成功の3つのポイント

  1. 短期的な利益(特許料)を捨てた

    • 20年しか続かない特許料収入より、長期的な市場支配を選択
  2. 長期的な市場(世界標準)を獲得した

    • 無償開放により、あらゆる業界・用途での採用が進んだ
  3. 周辺技術で確実に稼ぐ仕組みを作った

    • 産業用リーダー、ソフトウェア、特殊QRコードで収益化

教科書的な「オープン&クローズ戦略」の成功例

QRコードの事例は、特許庁や経済産業省の資料でも「オープン&クローズ戦略の成功例」として紹介されています。

「無料で配って、周辺で稼ぐ」

一見すると損をしているように見える戦略が、実は最も賢い選択だった。QRコードの歴史は、そのことを証明しています。


参考情報

関連書籍

QRコードの仕組みや歴史をさらに深く知りたい方には、以下の書籍がおすすめです。

📚 『QRコードの奇跡: モノづくり集団の発想転換が革新を生んだ』 小川進 著(東洋経済新報社、2020年)

QRコード開発の舞台裏と、デンソーの組織文化について詳しく書かれています。1970年代の「かんばん」電子化から、標準化、中国でのQR決済普及まで、50年の記録が丹念に綴られた良書です。

📚 『QRコードのおはなし』 標準化研究学会 編(日本規格協会、2002年)

QRコードの技術的な仕組みや活用事例を、一般読者にもわかりやすく解説した入門書。用語集も収録されています。

この記事を書いた人の技術書

📚 『QRコードを編む』 megusunu 著

本記事で紹介した「オープン戦略の恩恵」を、実際に体験してみた記録です。

本書の内容:

  • QRコードの仕組みを「編み物」で理解する
  • 実際に読み取れるQRコードを編むための技術解説
  • セルサイズ・誤り訂正レベルの実験結果

規格がオープンだからこそ実現できた、ちょっと変わったアプローチの本です。

参考URL

公的機関

デンソーウェーブ公式

原昌宏氏インタビュー

知財・ビジネス分析

その他


※「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標です

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