投票用紙は紙じゃなかった?!——ユポという合成紙を深掘り
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この記事で分かること(3行まとめ)
- 投票用紙の正体はポリプロピレン製の「ユポ紙」——一般的な意味では紙ではない
- 「ミクロボイド」という微細な空洞が、紙の質感とプラスチックの強さを同時に実現している
- 「折っても勝手に開く」特性が、選挙の即日開票を可能にした
投票所で鉛筆を走らせたとき、あの独特の書き心地に気づいたことありませんか?
すべすべしていて、普通の紙とはどこか違う。軽い力でするする書ける。折って投票箱に入れたはずなのに、なんだか勝手に開いている。
あの投票用紙、実は紙じゃないんです。
主原料はポリプロピレン——プラスチックの一種です。使われているのは「ユポ紙」という合成紙。木材パルプは一切使われていません。
「え、プラスチックなの?」と思いますよね。でも触った感じは完全に紙。鉛筆で書けるし、白くて不透明で、しなやか。見た目も手触りも「紙」としか言いようがない。
この「紙のようで紙じゃない」素材の秘密を、深掘りしていきます。
結論:投票用紙の正体はプラスチック
先に結論をまとめます。
投票用紙に使われている「ユポ紙」は、ポリプロピレン(プラスチック)と炭酸カルシウム(鉱物)から作られた合成紙です。
そもそも「紙」とは何か?
ここで一つ、面白い問題が出てきます。
一般的な「紙」の定義は、植物繊維(木材パルプなど)を水に溶かし、絡み合わせて薄く平らに成形したもの。つまり「植物繊維でできている」ことが、紙の本質的な条件です。
ユポ紙の主原料はポリプロピレン(石油由来の合成樹脂)。植物繊維はゼロ。この定義に従えば、ユポ紙は紙ではありません。
でもJIS規格では「紙」
ところが、JIS規格(JIS P0001)では話が変わります。
JISにおける合成紙の定義はこうです。
合成樹脂を主原料として製造され、その特徴を残しつつ木材パルプを主原料とした”紙”の持つ種々の性質——特に白さや不透明性などの外観と広範な印刷・加工性能——を付与した製品
つまり、素材がプラスチックでも、紙の性質を持っていれば「紙」として認められる。
「何でできているか」ではなく「何ができるか」で判断する。定義のレベルで、すでに「紙のようで紙じゃない」が成立しているわけです。
「紙っぽいところ」と「プラスチックっぽいところ」
では、ユポ紙の特性を整理してみましょう。
| 紙っぽいところ | プラスチックっぽいところ |
|---|---|
| 白い、不透明 | 水に濡れても平気 |
| 鉛筆で書ける | 破れない |
| しなやか | 油・薬品に強い |
| 印刷できる | 折っても自然に開く |
| 軽い | 焼却しても有害物質なし |
左側だけ見れば完全に紙。右側だけ見れば完全にプラスチック。この両立を可能にしているのが、「ミクロボイド」という技術です。
【核心】すべての秘密は「ミクロボイド」にある
ユポ紙の特性を語るうえで、避けて通れないキーワードがあります。ミクロボイド——日本語で言えば「微細な空洞」です。
ミクロボイドとは
ユポ紙は「二軸延伸フィルム成形法」という方法で作られます。ざっくり言うと、ポリプロピレンと炭酸カルシウムを混ぜたフィルムを、縦方向と横方向に引っ張って薄く伸ばす工程です。
このとき、樹脂(柔らかい)と鉱物(硬い)の境目に、微細な空洞が無数に発生します。これがミクロボイドです。
目には見えないほど小さな穴が、フィルムの内部に無数に存在している。この構造が、ユポ紙のあらゆる特性を生み出しています。
1つの技術が、すべてを実現している
ミクロボイドが実現していることを整理すると、こうなります。
| 特性 | ミクロボイドの役割 |
|---|---|
| 白さ・不透明さ | 空洞に光が乱反射して、白く不透明に見える |
| 軽さ | 空洞のぶん材料が少ない。同じ厚さのコート紙の約2/3の重さ |
| 書き心地 | 表面の微細な凹凸が鉛筆の芯を捉える |
| しなやかさ | 空洞がクッションの役割を果たし、紙のような質感になる |
| 紙粉が出ない | 繊維ではなく樹脂なので、発塵性が上質紙の約1/100 |
白さも、軽さも、書き心地も、全部ミクロボイドのおかげ。1つの技術ですべてを実現しているのが、素材科学として面白いところです。
【選挙】「折っても自然に開く」——即日開票を支えた特性
投票用紙としてのユポ紙の歴史
ユポ紙が投票用紙として初めて使われたのは、1986年の福岡市長選挙です(ユポ・コーポレーション)。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1986年 | 福岡市長選で初採用 |
| 1989年 | 国政選挙で使用開始 |
| 2012年〜 | 全47都道府県で採用 |
現在では、国政選挙・地方選挙を問わず全国で使われています。
なぜ「勝手に開く」のか
投票用紙を折って投票箱に入れたのに、開票のときには開いている。この不思議な現象の理由は、ユポ紙の主原料にあります。
普通の紙は、折ると繊維が折れて折り目が定着します。だから折ったままの形を保つ。
一方、ユポ紙の主原料であるポリプロピレンには弾力性があります。さらに、製造時に縦横に引っ張られた構造(二軸延伸)が「元に戻ろうとする力」を持っている。折り曲げても、樹脂が元の形状を覚えているので、自然に開いていくわけです。
開票作業が大きく変わった
この「勝手に開く」特性は、選挙の現場を大きく変えました。
従来の紙の投票用紙では、折られた用紙を一枚一枚手で開く作業に相当な時間が費やされていました。有権者が何万人もいる選挙区では、この作業だけで膨大な時間がかかります(株式会社ムサシ)。
ユポ紙の導入後、この作業がほぼ不要になりました。投票箱を開けた時点で、用紙はすでに開いている。
選挙の即日開票が当たり前になったのは、実はこの合成紙のおかげです。選挙速報が早くなった背景にも、ユポ紙が貢献しています。
【歴史】SF作家が名付けた「夢の紙」
「森林を守る紙」を作りたかった
ユポ紙の開発は、1969年にさかのぼります。
目的は「森林資源の保護」。木材パルプを使わない”夢の紙”を作れないか——そんな発想から、王子製紙(現・王子ホールディングス)と三菱油化(現・三菱ケミカル)の合弁で研究所が設立されました。
1971年、ポリプロピレン合成紙の製造技術が確立し、「ユポ」として世に出ます。
「YUPO」の由来
この「ユポ」という名前、実は両親会社の従業員とその家族から3,000通もの応募が集まったなかから選ばれたものです(ユポ・コーポレーション「開発の歩み」)。
命名の仕組みはこうです。
- 三菱油化の「YU」
- 王子製紙の「O」
- Paper の「P」
これを並べて「YUPO」。両親会社の名前を、Paperの頭文字でつなぐという洒落た命名です。
そして、この命名の選考委員には小松左京と星新一が参加していました。日本SF界を代表する2人が、日常的に使われる素材の名前を選んでいた。「夢の紙」にふさわしいエピソードです。
最先端素材の最初のお客さん
1971年末、ユポ紙に初めて実需がつきます。
……ショッピングバッグとステッカーでした。
最先端の合成紙の最初の用途が、日用品。その後、地図や野菜の結束テープなどに使われ始め、1981年には全面改良版「ユポFPG」が登場。これが現在のユポ紙の基本になっています。
現在、ユポ紙は世界70ヵ国以上で使われており、合成紙分野で世界トップシェアを誇っています(ユポ・コーポレーション)。
【深掘り】投票用紙だけじゃない——ユポ紙の意外な使われ方
【時間がない方へ】 基本編はここまで。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。以下の深掘り編は、時間のある時にじっくりお読みください。
「紙のようで紙じゃない」ユポ紙の特性は、投票用紙以外にもさまざまな場所で活かされています。
水に強い
- お風呂用学習ポスター:子ども向けの九九や地図のポスター。壁に貼って水がかかっても平気
- お風呂で読める本:水に濡れてもふやけない、破れない
- 山岳地図:雨、雪、強風——山の過酷な環境でも使える地図
破れない
- 屋外ポスター:駅構内や屋外の広告
- 飲食店メニュー:水や油がはねても問題なし
- 選挙ポスター:投票用紙だけでなく、屋外に貼られるポスターにもユポ紙が使われている
紙粉が出ない
- クリーンルーム用記録用紙:発塵性が上質紙の約1/100。精密機器の製造現場でも使える
環境への取り組み
「プラスチックだから環境に悪いんじゃ?」と思うかもしれません。
実はユポ紙は、ミクロボイドのおかげで一般的なポリプロピレンフィルムよりCO₂排出量が約45%少ないとされています(ユポ・コーポレーション)。空洞があるぶん、同じ面積を作るのに必要な原料が少なくて済むためです。
使用済みのユポ紙はプラスチック原料として再生可能で、再びユポ紙の生産に使うこともできます。また、ペットボトルのラベルとしてユポ紙を使った場合、ボトルと同じ系統の樹脂でできているため、ラベルを剥がさずそのままリサイクルに回せるという利点もあります。
投票用紙の色は6種類
意外と知られていませんが、投票用紙には6色のラインナップがありました! 白、クリーム、ウグイス、ピンク、オレンジ、アサギ(株式会社ムサシ)。 国政選挙では使用する色が固定化されつつある一方で、地方選挙では投票用紙の色に関する統一ルールがなく、どの色をどの選挙で使うかは選挙管理委員会ごとに異なるそうで、地域によって違う色の投票用紙が使われているかもしれません(ITmedia ビジネス)。
まとめ
投票用紙は、紙じゃなかった。
正体はポリプロピレン製の「ユポ紙」。一般的な定義では紙ではないけれど、JIS規格では紙。まさに「紙のようで紙じゃない」素材です。
- ミクロボイドという微細な空洞が、白さ・軽さ・書き心地・しなやかさを同時に実現
- 「折っても勝手に開く」 特性が、選挙の即日開票を可能にした
- 命名には小松左京と星新一が関わっていた
- 世界70ヵ国以上で使われ、合成紙で世界トップシェアの日本発素材
次に投票所に行ったとき、ちょっとだけ投票用紙を意識してみてください。あのすべすべした書き心地の正体は、SF作家が名付けた「夢の紙」の感触です。
参考情報
参考URL
ユポ・コーポレーション公式
メディア記事・企業サイト
- 日本経済新聞「投票用紙、実はプラスチック 選挙支えるユポ・コーポレーションの合成紙」
- ITmedia ビジネス「実は『紙』じゃなかった! 書き心地”半端ない”『投票用紙』の正体と開発秘話」
- GetNavi web「選挙の投票用紙『ユポ』って? 正体を明かすために製造現場へ行ってみた」
- 文春オンライン「選挙の投票用紙が『極上の書き味』問題…そのナゾすぎる正体とは?」
- 株式会社ムサシ「開く投票用紙」