たこ焼きはなぜ「ふわとろ」なのか?
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この記事で分かること(3行まとめ)
- 「ふわとろ」の秘密は粉を減らして水を増やす配合(プロは粉1:水4以上)
- たこ焼きは1935年に「ラヂオ焼き」から進化して誕生した
- 大阪vs京都、銀だこ論争など、たこ焼きには地域ごとの進化がある
大阪のたこ焼き専門店で食べる、あの「ふわとろ」食感。
外は香ばしく、中はとろりと溶けるような口当たり。家で作るたこ焼きとはまるで別物です。この「ふわとろ」の正体は何なのか? なぜ大阪のたこ焼きだけが、こんなに美味しいのか?
その答えを探っていくと、戦前からの屋台文化、明石焼きとの意外な関係、そして「制約が生んだ創造」という面白い歴史が見えてきました。
結論:粉を減らして、水を増やすから
「ふわとろ」の秘密は、実はとてもシンプルです。
粉(小麦粉)を減らして、水(またはだし)を増やす。
これだけで、生地は劇的に変わります。
| 種類 | 粉と水の比率 | 食感 |
|---|---|---|
| 家庭用レシピ(市販の粉) | 粉1:水3 | しっかり、もっちり |
| 大阪の専門店 | 粉1:水4以上 | ふわとろ、とろける |
オタフクソースの公式サイトでも「初心者の方は粉1に水分3の割合で。慣れてきたら水分を増やしてプロの味に挑戦」と紹介されています。
つまり、粉が少ないほど美味しくなるのがたこ焼きの真実。
ただし、粉が少なくなると焼くのが格段に難しくなります。生地がシャバシャバで、ひっくり返すタイミングが難しく、形が崩れやすい。プロの技術があってこそ成り立つ、繊細な料理なのです。
【歴史】たこ焼きは「ラヂオ焼き」から生まれた
たこ焼きの歴史を紐解くと、意外な事実が見えてきます。
ラヂオ焼きとは?(1933年〜)
たこ焼きの直接の祖先は、「ラヂオ焼き」という食べ物です。
会津屋の公式サイトによれば、1933年(昭和8年)、福島県会津出身の遠藤留吉さんが、大阪・今里で「ラヂオ焼き」の屋台を始めました。
ラヂオ焼きの中身は、タコではなく牛スジ肉とこんにゃく。醤油で味付けした生地を、半球状の窪みがある鉄板で焼いたものでした。
「ラヂオ」という名前の由来は、当時高価でハイカラの象徴だったラジオにあやかったもの。「ラジオのように流行の食べ物を」という願いが込められていたそうです。
たこ焼き誕生の瞬間(1935年)
会津屋に伝わるエピソードによれば、1935年(昭和10年)のある日、ラヂオ焼きを食べたお客さんがこう言いました。
「大阪では肉かいな。明石では、タコを入れとるで」
この一言がきっかけで、遠藤留吉さんは具材をタコに変え、「たこ焼き」として売り出したとされています。これが、たこ焼き誕生の瞬間です。
現在も大阪・西成区の「会津屋」は、遠藤留吉さんの孫が3代目として経営を続けており、「元祖たこ焼き」を味わうことができます。
【比較】たこ焼き・明石焼き・ラヂオ焼きの違い
たこ焼き誕生に影響を与えた「明石焼き」と、祖先の「ラヂオ焼き」。この3つは、見た目は似ていても中身はまったく違います。
| 項目 | たこ焼き | 明石焼き | ラヂオ焼き |
|---|---|---|---|
| 生地 | 小麦粉+だし | 小麦粉+じん粉(浮き粉)+卵 | 小麦粉+醤油 |
| 具材 | タコ、ネギ、天かす、紅生姜 | タコのみ | 牛スジ、こんにゃく |
| 食感 | 外カリ or ふわ、中トロ | 全体的にふわふわ・柔らかい | たこ焼きに近い |
| 食べ方 | ソース、マヨ、塩など | だし汁につける | そのまま(醤油味) |
| 発祥 | 大阪(1935年) | 明石(江戸末期〜明治初期とされる) | 大阪(1933年) |
明石焼きは「じん粉(浮き粉)」という小麦粉からでんぷん質を精製した粉を使うため、箸で持ち上げられないほど柔らかいのが特徴。だし汁につけて食べるスタイルも独特です。
面白いのは、明石焼きの方がたこ焼きより歴史が古いこと。農林水産省の郷土料理ページによれば、明石焼きは江戸末期〜明治初期に誕生したとされており、たこ焼きに「タコを入れる」というアイデアを与えた存在なのです。
【地域差】大阪 vs 京都のたこ焼き論争
同じ関西でも、大阪と京都ではたこ焼きが微妙に違います。
大阪式(本流)
- キャベツを入れない
- 具材は「タコ・ネギ・天かす・紅生姜」がスタンダード
- 中のとろみを楽しむ
- 明石焼きの影響を強く受けている
京都式(独自進化)
- キャベツをたっぷり入れる
- シャキシャキした食感が特徴
- お好み焼きの影響を受けているという説
大阪人からは「お好み焼きを丸めたやつ」と揶揄されることもあるそうですが、京都の老舗「すゞや」などは長年キャベツ入りたこ焼きを作り続けており、根強いファンがいます。
ちなみに、愛知県や滋賀県でもキャベツを入れる家庭があるとのこと。たこ焼きは地域によって独自の進化を遂げているのです。
【深掘り】銀だこ論争から粉もん文化まで
【時間がない方へ】 基本編はここまで。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。以下の深掘り編は、時間のある時にじっくりお読みください。
なぜ大阪人は「銀だこ」を認めないのか?
関東で圧倒的な知名度を誇る「築地銀だこ」。しかし、大阪人の間では「あれはたこ焼きじゃない」という声が根強くあります。
銀だこが嫌われる4つの理由
1. 食感が違う
銀だこは油をかけて「揚げ焼き」にするため、外側がバリッとした食感になります。大阪のたこ焼きは外側も比較的柔らかく「ふわとろ」が理想。この食感の違いが、大阪人には違和感を与えます。
日本コナモン協会会長の熊谷真菜さんは「私はたこ焼きの美味しさを『カリトロ』と表現してきましたが、油で揚げると皮が厚くなり、カリッではなくバリッになっちゃうんですね」とコメントしています。
2. 値段が高い
「だって、小麦粉とタコですよ? たこ焼きに550円すんなり払える大阪人の方が少ないと思う」という声も。大阪では、おばちゃんが軒先でやっている安いたこ焼き屋が多く、「たこ焼き=庶民のおやつ」という感覚が強いのです。
3. 商売っ気を感じる
「銀だこは商売上手な感じがしてイヤ」という意見も。チェーン展開や新商品の開発に積極的な銀だこは、昔ながらの屋台文化を大切にする大阪人には馴染みにくいようです。
4. そもそも大阪発祥じゃない
銀だこは群馬県発祥。大阪のたこ焼きとは別の進化を遂げた「関東のたこ焼き」なのです。
とはいえ、銀だこもたこ焼きの一種
熊谷真菜さんは「銀だこさんは『たこ焼き』です」と明言しています。
油で揚げるたこ焼きはアメリカでも人気があり、チェーン展開によってたこ焼きが世界に広まった功績もあります。「大阪のたこ焼き」と「銀だこ」は、それぞれ別の魅力を持つ、たこ焼きの異なる進化形と言えるでしょう。
ちなみに、銀だこでは「揚げないたこ焼き」を注文することも可能です(一部店舗のみ対応、提供に時間がかかる場合あり)。「大阪のたこ焼き」と呼ばれるこの裏メニュー、試してみる価値はあるかもしれません。
元々のたこ焼きは「醤油味」だった
現在のたこ焼きといえば、ソースとマヨネーズ、青のり、かつお節がスタンダード。しかし、元祖たこ焼きは醤油味でした。
ソースが広まったのは昭和30年代
会津屋の元祖たこ焼きは、生地自体に醤油で味がついており、何もつけずに食べるスタイル。ソースをかけるようになったのは、戦後にとんかつソースや中濃ソースが普及した昭和30年代からです。
ソースに青のり、削り節をかけ、経木の舟皿に爪楊枝という、お馴染みのスタイルが確立したのもこの頃。お好み焼きの影響を受けて、たこ焼きも「ソース味」に進化していったのです。
マヨネーズの起源は「ぼてぢゅう」?
ぼてぢゅう公式サイトによれば、お好み焼きにマヨネーズをかけるスタイルは、1946年創業のお好み焼き店「ぼてぢゅう」が始めたとされています。創業者の西野栄吉さんが、進駐軍のアメリカ兵たちが使っていたマヨネーズを食べて「これはお好み焼きに合うのでは?」とひらめいたのがきっかけだとか。
宝塚のタカラジェンヌが贔屓にしたことで女性を中心に人気が広がり、やがてたこ焼きにも波及していきました。
屋台文化と「ふわとろ」誕生の一説
ここで、ひとつの「説」をご紹介します。
戦後の屋台文化では、的屋(テキヤ)が元締めに場所代(ショバ代)を支払う仕組みがありました。売上を正確に把握するため、原材料の消費量から売上を推測していたという話があります。
たこ焼きの場合、粉の減り方で「何舟売れたか」を推定できます。この仕組みを逆手に取り、1舟あたりの粉を減らして売上を少なく見せていたという説も。
結果的に、粉が少ない=ふわとろになり、これが「意外にも美味しい」と好評だった…という逸話です。
注意:この説は確認できる文献が限られており、「都市伝説」の可能性もあります。ただ、「粉が少ないほど美味しい」という事実は、現在のプロも認めるところです。
制約が創造を生む。たこ焼きの「ふわとろ」には、そんなドラマがあったのかもしれません。
なぜ大阪で「粉もん文化」が発展したのか?
たこ焼き、お好み焼き、うどん。大阪といえば「粉もん」ですが、なぜ大阪でこれほど粉もん文化が発展したのでしょうか?
1. 「天下の台所」と出汁文化
江戸時代、大阪は「天下の台所」と呼ばれる物流の中心地でした。北海道から昆布が、土佐から鰹節が運ばれ、これらが合わさって「大阪だし」が誕生します。
この豊かな出汁文化が、粉もの料理を「ただの軽食」から「美味しい料理」へと押し上げました。たこ焼きの生地に出汁を入れるのも、大阪ならではの発想です。
2. 千利休の「麩の焼き」
お好み焼きのルーツのひとつとされるのが、安土桃山時代に千利休が茶の席で供した「麩の焼き」。水で溶いた小麦粉を薄く焼き、味噌を塗って巻いた和菓子です。
「小麦粉を溶いて焼く」という調理法は、すでに戦国時代から関西に存在していたのです。
3. 戦後の食糧事情とGHQ
戦時中から戦後にかけて、国内では米が不足し、小麦粉が代用食として広まりました。GHQが大量の小麦粉を日本に送り、学校給食にパンが導入されたのもこの頃です。
大阪では戦前から粉もの料理に親しんでいたため、小麦粉を使ったアレンジ料理が次々と生まれました。「一銭洋食」から「お好み焼き」へ、「ラヂオ焼き」から「たこ焼き」へ。大阪の庶民のアイデアが、粉もん文化を花開かせたのです。
【実践】家庭で「ふわとろ」を再現するコツ
プロの味に近づけるためのポイントを、いくつかの情報源からまとめました。
1. 水分を増やす(最重要)
市販のたこ焼き粉の分量より、水を1.5倍にしてみてください。
- 市販レシピ:粉100g、水300ml
- ふわとろレシピ:粉100g、水450〜500ml
シャバシャバで不安になりますが、これが正解です。
2. 出汁を使う
水の代わりに、濃いめに取った出汁を使うと香りと旨みが格段にアップします。白だしやめんつゆを薄めて使ってもOK。
3. 強火で一気に焼く
弱火でトロトロ焼くと、中まで火が通ってしまいます。強火で表面だけ一気に焼いて、即座にひっくり返すのがコツ。
4. ひっくり返すタイミング
縁が焼けて固まってきたら、周りの生地を中央に寄せて丸くします。完全に固まる前にひっくり返すのがポイントです。
まとめ:制約が創造を生む
たこ焼きの「ふわとろ」は、様々な要因から生まれました。
- 技術的要因:粉を減らし、水を増やす配合
- 歴史的要因:明石焼きの影響、ラヂオ焼きからの進化
- 地域的要因:大阪と京都で異なる進化
- 文化的要因:天下の台所・大阪の出汁文化
そして、もしかしたら「場所代を少なく見せる工夫」という制約が、偶然にも最高の食感を生み出したのかもしれません。
次にたこ焼きを食べるとき、「この中には100年の歴史が詰まっているんだな」と思い出してみてください。きっと、いつもよりちょっとだけ美味しく感じるはずです。
参考情報
訪れたい老舗
関連書籍
- 『たこやき』熊谷真菜(講談社文庫):たこ焼き研究の名著
- 『「粉もん」庶民の食文化』熊谷真菜(朝日新書):大阪の粉もん文化を深掘り
- 『テキヤの掟』廣末登(角川新書):屋台文化の裏側を知る一冊
参考URL
- 会津屋公式サイト - たこ焼き誕生
- オタフクソース - 中がとろっとしたたこ焼は生地の配合で変わる
- BuzzFeed - 大阪人が「銀だこはたこ焼きじゃない」と言う理由
- ラジオ関西 - ラヂオ焼きの歴史
- 農林水産省 - たこ焼き 大阪府
- Wikipedia - ラジオ焼き
- Wikipedia - たこ焼き
この記事を書いた人
関西出身・東京在住のエンジニア。QRコードを編み物で再現するプロジェクトに取り組み、技術書『QRコードを編む』を執筆。深掘りと手作りが好き。
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